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東京地方裁判所 昭和35年(行)72号 判決

原告

ウエスタン自動車株式会社

右代表者代表取締役

小林万寿夫

右訴訟代理人弁護士

工藤舜達

被告東京税関長

片桐良雄

(右指定代理人三名)

主文

1  昭和三五年四月一四日被告が原告に対してなした物品税四一三、九〇〇円の課税処分はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

一、原告の申立て

主文と同旨

二、被告の申立て

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者双方の主張<以下省略>

理由

一  当事者間に争いのない前提事実

被告が原告に対し、昭和三五年四月一四日、納付の目的追徴昭和三四告発第四五号と記載した納税告知書をもつて、物品税四一三、九〇〇円を賦課する旨の処分(以下本件課税処分という)をしたこと、この処分に対し原告は被告に対し昭和三五年五月一〇日審査の請求をしたところ、被告は同年六月八日右審査請求を棄却する旨の決定をしたことは当事者間に争いがない。

二  本件課税処分の適否

まず、本件課税処分は実体的にみて適法かどうかの問題から検討する。

(一)  被告の主張する本件課税処分の根拠―日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律(以下単に特例法という。)第六条第五号および第七条によれば駐日合衆国軍隊の構成員もしくは軍属(以下単に米軍人等という。)が、自己もしくは、その家族の私用に供するため輸入する自動車については、物品税が免除されることになつているところ、原告は免税特権者でないのに、右のような免税特権者が自己の用に供するために輸入するもののように偽り装つてメルセデス・ベンツ五六年式一台(以下本件外車という。)の輸入許可を受けてこれを輸入し、物品税を逋脱したので、物品税法(昭和三一年法律第一四三号の改正による。)第二二条、第一八条第一項第二号、同条第三項、第四条により本件外車の引取犯人たる原告から同法所定の物品税を追徴することとしたのが本件課税処分である、というのが被告の主張である。

(二)  当裁判所の視点―そこで考えるのに、物品税法第一八条第三項は、同条第一項をうけた規定であり、第一項は物品税の逋脱罪に対する刑罰を定めた規定であるところからみて、第三項は、刑事判決により同条第一項の逋脱罪が確定されたのにその時までに逋脱税額がいまだに徴収されていないときは直ちに未徴収の逋脱税額を徴収しなければならない旨を定めたもので、刑事判決による逋脱罪の確定前に、単に税務官庁が逋脱罪が成立すると認める場合に逋脱税額を追徴する旨を定めた規定ではない(税務官庁は、このよう規定がなくても、一般の規定により徴収できる。)と解すべきところ、<証拠―省略>を綜合すると、被告の主張する本件物品税法違反の事実について被告は原告と大谷恒を含む五名を東京地方検察庁に告発したが、その後事件は横浜地方検察庁に移送され同検察庁において不起訴処分となつていることが認められるから、そもそも本件の場合は物品税法第一八条第三項は働く余地がないといわなければならない。しかしながら、物品税法第一八条第三項に基づく賦課処分は、その基本的性格からみて、同法第八条第三項の規定に従つて行われる政府決定の一種に他ならないと解されるから、右のように、被告主張の本件物品税法違反の事実については公訴の提起がなされておらず、したがつて原告ないし大谷恒について物品税逋脱罪が確定されていなくても、被告は、物品税法第一八条第三項にかかわりなく、独自の認定に基づき、同法第八条第三項の政府決定の規定に基づいて課税し、逋脱税額を徴収することを妨げられないのである。それ故、被告が本件課税処分につき物品税法第四条のほかに同法第一八条と両罰規定たる同法第二二条を根拠として引用していることは誤りであるが、これを同法第八条第三項に基づく課税処分としてその効力を認めることができるから、本件の場合、問題の核心は、原告が逋脱犯人といえるかどうかではなく、果して被告の主張するように免税されるべき物品に該当しない物品の輸入があり、かつ右輸入につき原告が輸入物品の「引取人」にあたるかどうかであるといわなければならない。

(三)  事実関係―右のような視点から本件の事実関係を検討すると、当事者間に争いのない事実に、<証拠―省略>並びに弁論の全趣旨を綜合して、次の事実を認めることができる。すなわち、

原告会社は外車輸入を営業の目的とする株式会社であるが、特例法第六条第五号および第七条により関税および物品税の免除をうける資格を有する米軍人エウインゲ・アール・ハツチンスは、原告に対し、昭和三一年八月一一日、本件外車の輸入方を注文し、原告との右輸入契約に基づき、自らその代金F・O・B価格二、六〇〇ドルを西独ダイムラー・ベンツ株式会社あて送金した。なお、運賃、保険料および通関料等諸費用は、ハツチンスが日本円によつて原告に対して支払う約定であつた。そして、本件外車は昭和三一年一二月六日船積みされて発送されたが、それが日本に到着する前である昭和三一年一二月中にハツチンスはハワイに転勤になり、本件外車が不要となつたので、原告に本件外車の転売のあつせんを依頼した。依頼の売却価格は、五、五〇〇ドル(邦貨一、九八〇、〇〇〇円)であつた。

ところで、当時外国人所有自動車の登録番号には米軍人用の3Aナンバーと一般外人用の三万台ナンバーとがあり、税関としては、米軍人等が日本国内で身分を喪失した後も一般外人として引き続き所有する外車については、関税および物品税を課することなく輸入許可書を証する書面(道路運送車両法第七条第一項参照、以下、通関証明という。)を発給する取扱いであつたので、これを陸運事務所に提出して3Aナンバーから三万台ナンバーに切り替えることができ、しかも、さらにこれを譲りうけた日本人が三万台から日本ナンバーに切り替えるに当つては、通関証明書を要しない取扱いであり本来ならばその時輸入があつたものとみなされて関税および物品税が課税されるべきである(特例法第一二条)にかかわらず、特に税関に対して右証明書の発給を申請しない限り課税を免れることができたため、当時外国為替および外国貿易管理制度上、日本人は報道、観光用等ごく限られたものしか外車を輸入することができなかつたのにかかわらず、右のような方法を利用して、除隊の迫つた米軍人等の名義を借り、あたかもその米軍人等が実際に使用するかのように仮装して外軍を輸入し、その者の身分喪失をまつて日本人が譲りうけるという形式をとれば、一般の日本人も外車を入手でき、しかも関税および物品税を免れることさえでさた。

そこで、ハツチンスより前記転売依頼をうけた原告会社の営業担当者大谷恒は、特例法により免税資格を有する米軍人等の中に本件外車の買手を求めても五、五〇〇ドルではとうてい売れないが、日本人の中から買手を探せば依頼の価格で売れるのではないかと考え、依頼をうけてから数日を経たころ、自動車販売を業とする日比谷商事株式会社のセルースマンをしていた大根進一に前記転売依頼をうけた経緯を話し、本件外車の買手を探してくれるよう依頼した。大谷から右の依頼をうけた大根は、本件外車が横浜港到着する前に、大谷から受け取つた本件外車のInvoice(仕入書)とB/L(船荷証券)を東京自動車興業株式会社の役員をしている加藤盛のもとに持参し、本件外車を、三、九五〇、〇〇〇円で将来日本ナンバーにして引き渡すという条件の売買契約を締結した後、昭和三二年二月ころ、大谷を通じ当時臨時勤務でハワイから来日していたハツチンスに対し売買手付金三六〇、〇〇〇円を支払う一方、同年三月初旬同業者の大崎多知郎に対し輸入名義人になつてくれる米軍人等を探してくれるよう依頼し、名義料を含めた謝礼として、三〇〇、〇〇〇円位支払う旨一応約束した。そこで、大崎は、同業者の中島省吾に対し名義人になるべき者はないかと問い合わせたところ、中島から、いるとの返事を得たので、同人に対し名義料を含む謝礼として一八〇、〇〇〇円位を支払う旨約した。大崎は早速大根に対し名義人になるべき者が見つかつた旨を伝えたところ、大根は、名義料を含む謝礼として二五二、〇〇〇円を支払う旨正式に約し、大崎のものにいわゆるFEC三八〇様式(For East Command Form No.380の略、米軍人等が免税輸入をする場合の輸入申告書兼免税証明書)の用紙と手付金五〇、〇〇〇円を持参した。そこで、大崎は、これを中島に届け、その後数日を経たころ、中島がマツクウエイスラー(Max Weissler)やジヤツク・マーチン(Jack Martin)を通じて見つけた米軍軍属チヤーリン・オー・ランゲホフアに輸入名義人になつてもらつたうえ米軍官憲の認証をうけてもらつた三八〇様式を中島から受け取り、同月一五日か一六日ころこれを大根に手渡したところ、大根はこれを大谷に渡し、大谷は、これを税関貨物取扱人相模運輸株式会社に郵送し、同社を通じ同月一八日これを横浜税関に提出してランゲホフア名義で輸入申告をし、同年四月二日輸入許可をうけ、そのころ保税上屋からランゲホフアを引取申告者として本件外車を引き取り、一日か二日新車整備をしたうえ、原告会社においてこれを大根に引き渡した。その間、三月中旬、大根は、大谷を通じ、ハツチンスの代理人ジヨージ・ウオルコツトに対し本件外車の譲渡証(Bill of Sele)と引き換えに本件外車の残代金一、六二〇、〇〇〇円を完済した。なおそれより前、大根は大谷とともにウオルコツトに会つて五、五〇〇ドル(邦貨一、九八〇、〇〇〇)という本件外車の転売価格の再確認をしていた。他方、大谷は、右残代金が支払われる際、大根より手数料として五〇、〇〇〇円を受け取り、うち三〇、〇〇〇円を本件外車が引き取られるまでの期間が長びいたことによる倉庫料追加分として原告会社に入金し、残金二〇、〇〇〇円は自ら費消した。原告は右三〇、〇〇〇円のほか、本件外車の海上運賃、保険料、陸上諸費用手数料等(当初のハツチンスとの約定に基づく正規のもの)合計二一七、八〇〇円を受領しているのみである。

輸入および引取名義人となつたランゲホフアは車を買う意思は毛頭なく、もとより本件自動車を自己もしくはその家族の私用に供しようとする意思もなかつたが、名義を貸せば二〇〇ドル以上の謝礼が貰えるといわれ、マーチンの指示に従い米軍憲兵隊の事務所に赴いて本件自動車の輸入申込みを行い、米軍官憲より特例法第六条第五号に規定する目的のために輸入するものである旨の証明を得たのであつた。したがつて、同人は本件外車につき何らの出捐もしていない。ところで、大根は、ランゲホフアの名義で本件外車に三Aナンバーをつけようと考えていたが、同人が急に沖繩に転勤してしまい、その意図を果すことができなかつたので、人を介して、青森県三沢基地から除隊を予定されていた米軍人シユモイヤーの名義を借りて青森陸運事務所で三Aナンバーに登録し、さらに三万台ナンバーに変更しようとしたがシユモイヤーが強制送還になつたため変更することができなかつた。そこで、三万台ナンバーにすべく種々画策したが功を奏しなかつたので昭和三二年一二月ころ他の廃車ナンバーとすりかえに日本ナンバーを入手した。なお、本件外車は、普通乗用自動車であつて、物品税法第一条第一項第二種丙類第二八号(昭和三一年法律第一四三号の改正による。)該当するのであるが、結局本件課税処分がなされたときまでに物品税は納付されていなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(四)  右事実関係に基づく当裁判所の判断―(イ)まず、本件外車は自動車登録原簿への登録をまつまでもなく国内に引き取られることにより「輸入」されたということができることはもちろんであるが、果して特例法第六条第五号、第七条の免税輸入物品に該当しないかどうかについて考えるに、右認定の事実関係に徴すると、本件外車はその輸入名義人たる米軍軍属ランゲホフア自身またはその家族の私用に供するために輸入されたものでないことは明らかであり、したがつて特例法第六条第五号、第七条の免税輸入物品にはあたらないといえる。右輸入に当りラングホフアの私用に供するものである旨の米軍の権限ある官憲の証明書による証明があるからといつて、右証明が虚偽の申告に基づいてなされたもので証明事実が虚偽であることが明らかである本件のような場合に本来の納税義務者に物品税を賦課することは妨げられないと解すべきは当然である。

(ロ) 次に、原告が本件外車の保税地域よりの「引取人」といえるかどうか(前記のように、一般の日本人が本件外車の輸入しようとしても輸入許下を得られないから、本件外車の輸入は一種の密輸入にあたるといえようが、保税地域を経て輸入されているから、保税地域からの引取人が誰であるかの問題が生ずることは合法的な輸入の場合と同様である。)について考えてみよう。

保税地域から物品税課税物品が引き取られる場合、単なる「引取申告者」が必ずしも納税義務者たる「引取人」にあたらないことはいうまでもないが、輸入物品については、通常の場合は、輸入申告者であり引取申告者である者が引取人と一致するであろうから、その申告者を引取人とみてこれに物品税を課しても大抵支障は生じないものと考えられる。しかし、本件の場合のように、輸入及び引取りの申告者が真実の輸入者、引取人ではなく、単に免税特権者たる自己の名義を貸したに過ぎない場合には、課税庁としては、何人が真実の引取人であるかを探求し、真実の引取人に物品税を賦課する義務を免れず、引取申告者が真実の引取人ではないからといつて、直ちに、本来、正規の輸入手続での場合でも引取手続の代行等をするにすぎず、引取人とはみられないような者に対し、この事実上引取手続に関与した故をもつて、これを引取人とみて課税することは誤りであるといわなければならない。

しかるに、本件の場合には、前記認定の事実関係に徴すると、大谷の行動は原告会社の業務としてされたものとみられ、また同人は、大根に対し本件外車の転売のあつせんを依頼し、また引取申告者が真実の引取人でないことを知りながら、引取りの手続に関与したのではあるけれども、同人したがつて原告会社の演じた役割としては、本将の業務たる本件外車の引取代行を含む輸入手続の代行者としての域を脱していないものというべきであるから、原告会社が本件外車の保税地域よりの「引取人」であると断定するには足りないものといわざるを得ない。

してみれば、原告が本件外車の「引取人」であるとの認定のもとになされた本件課税処分は違法というほかはない。

三  結び

以上の次第で、本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官位野木益雄 裁判官田嶋重徳 小笠原昭夫)

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